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ご主人と技を磨いた50年、 江田さんが円熟の技で広告を仕上げる

銭湯に、前田デザイン室の鏡広告を出してみない?

前田室長のこんな呼びかけから始まった鏡広告プロジェクトも、いよいよ終盤です。1話はこちら、2話はこちらから読んでね。

看板職人サインズシュウさんの熟練の技により、命を引き込まれた広告を仕上げてもらうべく、私たちは、近畿浴場広告社さんを訪れました。



浴場広告制作の大ベテラン 江田さん

江田 ツヤ子(えだ つやこ)
大阪府八尾市で近畿浴場広告社を営む。1960年代、ご主人が同社を設立したのを機に、業務を手伝い始めた。以来、約50年のキャリアを積まれ、約10年前にご主人が亡くなってからは、お一人で業務に従事されている。


職人の仕事場で、新たな広告が仕上がる。


さっそく江田さんの仕事場を見学させていただいて、すぐ目に入って来たのは、これまでに制作された広告や使い古された道具の数々。ここで、前デの広告が仕上がるのか~と思うと、ワクワクしてきます。

じゃりン子チエのテツ、いい味を出していますね。

使い込まれた道具箱に、これまでの歴史が伝わってきます。

ずらっと並んだ道具にも、職人の佇まいが感じられます。

まさに、職人の仕事場!
サインズシュウさんから預かった鏡広告を、江田さんにお渡しすると、さっそく作業にとりかかっていただきました。



面取りなくして、仕上げなし!


江田さんから道具と作業内容について、丁寧に説明していただきながら、作業を拝見します。

江田さんが戸棚から透明の瓶を取り出し、瓶の中に入った謎の液体を白い布にしみこませました。すると、その濡れた布を、作業台に置かれた前デの広告の上に…。

えーーーーー!?!?!?

私たち取材班は、息をのみました。
取材に同行していた千鳥温泉 店主の桂さんが、私たちの戸惑いを代弁していただきました。

それで拭くのですか? 『あっ、しもた!』とかならないですよね(笑)


このとき、サインズシュウさんの工房で作業が終わってから約2時間程度しか経っていません。広告の文字が乾いているはずとはいえ、こんなすぐに濡れた布で拭いてしまって、絵柄が消えたり、にじみが出たりしないのでしょうか?

私たちはドキドキしながら、江田さんの作業を見守ります。

水性塗料やと消えますが、油性ならテレピンで大丈夫ですねん。でもシンナーで拭いたら、すぐ取れるから、あきません。

テレピン」とは、テレピン油というマツ科の樹木から抽出した精油のこと。一般的には、油絵具の薄め液や画用液として使用されているそうです。

私たちの戸惑いをよそに、終始、落ち着かれている江田さんは、こちらの心配を見すえて安心できるように説明していただきながら、広告を拭き終えられました。


はい、こんな感じです。

江田さんが手渡した広告を手に取り、広告の表面を、恐る恐る覗いてみます。


え!?
ツルツルになってる~!


先ほどまで広告の表面にあった小さなほこりや塗装の段差がなくなっていて、滑らかになっています。

これには驚いたものの、これはまだ準備の準備という段階です。


広告の表面を滑らかにしたら、次は面取りを行います。
面取り」とは、広告の四方の端面にある小さな凹凸を削いで平らにすることです。

面取りをしないでフィルムを貼ってしまうと、端面の小さな凹凸のすき間から水が入ってしまう恐れがあるそうです。


これで、こうやって、端を削いでいきますねん。

江田さんは手に取った特殊なフック型カッターで、刃と逆の背側を広告の端面に当てて、ゆっくりと端面の凹凸を削いでいきます。
キュッ キュッ」と、刃が端面の樹脂を削ぐ摩擦音が聞こえてきました。


亡くなった主人は、これをカンナでやってて、私もやってみたけど、どうもうまくいかんかったんですわ。それで、どうしょうかぁ?と思って、試しにカッターでやってみたら、うまいこといきましてん。これ、わたし流ですわ。


江田さんのご主人が亡くなられてから、来年(2022年)で10年になるそうです。江田さんは、ご主人が立ち上げた近畿浴場広告社を手伝い、ご主人の作業を傍で見ていくことで、作業を覚えていかれたそうです。

主人はカンナで、私はカッター。どちらがキレイに面取りできるか!って、競ってたんやけど、結果はどっちもどっち。仕上がりに違いはありませんでしたわ(笑)。 でも、主人のカンナの方が早かったです。はい、できました。触ってみてください


面取りを終えた広告を江田さんから受け取り、端面を触ってみると…。
なるほど、先ほどまでザラザラだった端面から引っ掛かりがなくなり、滑らかになっています。


私たちが見ているため、江田さんは普段と違った状況での作業になっていたはずですが、説明されながらも卒なく作業される姿に、職人の力を感じさせられました。


「鏡を売る仕事」という勘違いから始めて50年。


面取り後、広告の四角(よすみ)をヤスリで整えて、次の作業の準備をされながら、江田さんがご主人との思い出を話していただきました。


こんな面取りもそうですけど、主人と50年もくっついて一緒にやってきたから、どうにかできるようになったんです。主人を手伝っていなかったら、今、仕事なんてできてないと思います。


ご主人が近畿浴場広告社を設立されたときは、街中に多くの銭湯があり、鏡広告にも多くの引き合いがあったため、忙しくされていました。
この頃にご主人と結婚された江田さんは、仕事のことを全くわからない状態でお手伝いを始められ、仕事は鏡を売ることなのだろうと勘違いされていたそうです。


しかし、時代の変遷とともに、家風呂を使う人が増えて銭湯離れが進んでいくと、鏡広告の需要も減っていきました。
ご主人が体調を崩されて、一人で仕事をするようになってからは、幾度も仕事をやめようと思われましたが、そのたびに江田さんは踏ん張ってこられました。

主人がここまで頑張ってやってきて、協力してもらった人もいたから、仕事に執着みたいなもんがあったんやろねぇ。それを、私からやめてくれと言うのは、あまりに主人がかわいそうでした。


そんなご主人も、一度だけ仕事をやめたいと話されたことがありました。

仕事をやめる、銭湯組合の人に伝えてくれと。主人が言ってきました。それで今度こそ、仕事を断りに行こう!となったんです。ちょうど主人が亡くなる3か月前のことでした。


仕事をやめることは、ご主人が亡くなってから銭湯組合の人に伝えられましたが、組合の人から強く慰留されたそうです。

『ご主人とこれだけ一緒に仕事をしてきたのだから、できる!』と言われてね。あの時やめてたら、楽でいいんですけどね(笑)


もうやめたい、85歳だからしんどい、と話されながらも、江田さんには仕事を続けてきた原動力がありました。

主人の仕事を続けて、これを皆さんに見てもらって、少しでも残していけた方がええんかなと思って、頑張ってるのですけどね。


いろんな人の思いと、ご自分の思いを胸に、一つの仕事を続ける姿があった。


フィルムを貼って、最後も面取りで締める!


仕上げ作業も終盤です。広告の表面を水から守り、劣化を防ぐために、フィルムの貼り付け作業にとりかかります。

まずは、水で薄めた食器用中性洗剤をハケにつけて、広告の表面に薄く塗ります。貼るときの滑り止めになるそうです。

そして、フィルムを広告の端から、ゆっくり貼り付けていきます。

フィルムの上からグイっと押さえながら、フィルムと広告の間にある気泡を抜いていきます。

はい、これで貼れました。

おー!
気泡が無くなり、キレイに貼れている!


そして、端面にはみ出している余分のフィルムを削いで整えます。

こうやって、太ももの上に広告を当てて、持ちながらやると切りやすいんです。わたしゃ何でも自分でやり方を考えてやってますねん。

最後に、フィルムの面取りをします。
これをやっておかないと、お風呂掃除の時などに引っ掛けたりして、水が入ってはがれやすくなったりするそうです。

はい、できあがりです!

ついに、広告が仕上がりました!

この後に残す作業は、広告を両面テープで鏡に貼り付けて、浴室に設置するのみです。

千鳥温泉さんの広告更新のタイミングに合わせて設置することになります。
私たち取材班はワクワクしながら、千鳥温泉さんからのご連絡を待つことにしました。


鏡広告を、千鳥温泉さんに設置!


8月最後の週末。
千鳥温泉さんからご連絡をいただいた私たち前デの取材班は、大阪市此花区の千鳥温泉さんにやってきました。朝から陽の光が降りそそぎ、じっとしているだけでも汗が流れてくる、とても暑い日です。

さっそく中に入ってみると、たくさんの鏡広告が壁面に貼られています。
前デの広告が、この中の一枚になると思うだけで、ワクワクしてきます。

千鳥温泉 店主の桂さんと近畿浴場広告社の江田さんが、すでに作業を進めておられました。浴室ならではの蒸し暑さの中、黙々と作業されています。

今回、前デの広告とともに、複数の広告が設置されます。どれも個性的で、つい目が向いちゃいそうな広告ばかりです。

いよいよ前デの広告を設置する時です!
まずは、金具を壁面に取り付けます。

私たち取材班もドキドキ、ワクワクしながら、作業を見守ります。

私たちは何も作業せずに、見学しているだけなのに、浴室の暑さに耐えられず、脱衣所に退避してしまいました。扇風機の風が優しいです。

私たちが浴室と脱衣所を行ったり来たりしている間も、江田さんは黙々と作業されています。

私たちは、江田さんの人生の半分の時間も生きていないというのに…。
ただただ、江田さんのスゴさに頭が下がります。

続いて、広告を金具にはめ込みます。

広告を金具で締めこんだら、設置完了です。

できたーーーーー!!!!!

広告の赤色と黄色が、浴室内に映えていて、素敵です!!!

これまで全三回にわたり、お届けしてきた中で、お仕事と向き合う様々な姿を目にできる貴重な機会をいただきました。

銭湯と鏡広告を盛り上げるために、独自のアイデアとSNSなどを活用して取り組まれてきた千鳥温泉さん。

仕事の勘を鈍らせないために始めたSNSから、お仕事が広がったサインズシュウさん。

ご主人の手伝いから始めて、独自の工夫を重ね技を磨いてきた江田さん。

この方々から感じたことは、「こんなはずじゃなかった」ということが起こっても、そこから逃げずに向き合い、自分ができることから始めてみる。
そして、手を動かし続けていく中で、いろいろ試行錯誤してみるということでした。

こうしたい、こうなりたいと思うことは大切なことと思います。しかし、夢を思い描くだけでなく、目の前のことで自分の力で何ができるのか?を考え、手を動かしてみることも大切なことなのかもしれません。

目の前のピカピカの鏡広告が、こんな気づきを与えてくれるなんて、
こんなはずじゃなかった!です。


明日もいっしょに楽しもう!

2020年末、前田室長の呼びかけから始まった鏡広告プロジェクト。あれから約9か月が経ち、本当に鏡広告が設置されて、日々、お客様の目に入っていることを思うと、何だか感慨深いものがあります。

このプロジェクトには、多くの人が関わってきました。

広告のコピーやイラスト、デザインなどについて、アイデアを出したり、企画を考えた人。出てきた案から、イラストを描いたり、デザインしたりなど、手を動かした人。

広告を描いていただいたサインズシュウさん。
広告を仕上げて、設置していただいた江田さん。
そして何よりも、広告を募集し、このプロジェクトのきっかけをつくっていただいた千鳥温泉さん。

皆さま、本当に、ありがとうございます!!!


このプロジェクトは、これら関わったすべての方々の力を合わせたからこ
そ、為せたプロジェクトです。

前田デザイン室では、これまでも多くのプロジェクトに取り組んでまいりましたが、また「前デらしさ」が詰まった時間を過ごすことができました。


いろいろあって大変なご時世ですが、こんな時だからこそ、おもしろそうなことを考え、楽しんで、自分も、誰かにも、いいな!って思える、思ってもらえる。そんな時間を少しでも過ごしていけたなら、幸せな気分を感じられるのではないでしょうか。

おもろ! たのし! いいな!

をモットーにする前田デザイン室といっしょに、あなたも楽しんでみませんか?


おしまい

この広告を出した3年後に、『小山薫堂 東京会議』にてマエデの鏡広告が紹介されました!!



お知らせ その1

千鳥温泉では、2022年4月からの鏡広告を募集されているようです。気になった方は、ぜひ!

お知らせ その2
前田デザイン室では、メンバーを募集しています。遊び心のあるものづくりに興味がある方は、こちらからお待ちしております。




テキスト: 浅生秀明
編集: 浅生秀明
撮影: 前田高志
レタッチ: 只野千尋
バナーデザイン: 小野幸裕

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