「情熱高志」第9号 ー 過ぎ去りし日を思い返して ー
このマガジンは、デザイナーから漫画家に転じた「まえだたかし」が記す、前田デザイン室限定コンテンツ「たかしの世界」に加筆修正し、再編集した密着ドキュメンタリーレポート…で・し・た・が、
「たかしの世界」の更新が少し延びたため、今回は趣旨を変えて、第1号〜第8号までを振り返る総集編になっています。
漫画家への夢を求めて
今日こそ、漫画を描くぞ!
強く心に決める。
相棒のiPad Proからアプリを起動して、Apple Pencilで画面に描く。
それが、ぼくのスタイル。
でも、ここのところデザイン仕事に追われて、描きたくても描けていない。
そんな日々が、ずっと続いている。
実に、悩ましい限りだ。
この悩み、思い返せば、あの日から続いていて、なかなか解消できていないことに気づく。
あの日とは、そう…
*****
「ぼくは漫画家になる」
ずっと胸に秘めていたことを、言葉にした。
勇気をふりしぼった、あの日のことだ。
ぼくの突然の宣言に、周りの人は、どう思ったのだろうか。
やっぱり、びっくりしたのかな…
いろいろ心配かけたのかもしれない。
ごめん。
でも、ぼくは決めた。
佐渡島さんが、言葉をかけてくれたから。
「前田さん、漫画描きましょう。僕が編集しますよ。」
心が震えた。
ぼくなんかでも、描いていいんだ、って。
心の底から嬉しかった。
勇気とやる気が、みなぎってきた。
***
クリエイターエージェンシー「コルク」を率いる佐渡島庸平さんは、著名な編集者。
「ドラゴン桜」や「宇宙兄弟」など、多くのヒット作を手がけ、今、もっとも活躍している編集者の一人と言える。
その佐渡島さんが、秘密のFacebookグループをつくった。
しかも、なぜか、ぼくもそこに招かれた。
せっかく佐渡島さんが誘ってくれたのだから、もちろん断る理由はない。
でも入ってみると、びっくりした。
そのグループ「ヒット作を生み出すぞ!」には、名前を聞いたことがある漫画家さんが、ゴロゴロいた。
ここは、現代のトキワ荘なのかもしれない。
新進気鋭の漫画家たちが、切磋琢磨して、ヒット作を目指す。
そんなイメージがある。
そう思ったら、たちまち不安がこみ上げてくる。
ぼくはまだ、漫画を描いたことがないんだ。
なのに、彼らの中に入れられて。
大丈夫なのだろうか…。
でも、やるしかない。
***
「ヒット作を生み出すぞ!」グループに入ったら間もなく、佐渡島さんから指示をもらった。
それは、グループページのバナーを描くこと。
佐渡島さんは、優しい。
いきなり漫画ではなく、デザイン力を生かせて、手のつけやすいバナーから描かせてくれたのだから。
さっそく第一案のラフを描いてみた。
佐渡島さんからは、「いい感じ!」って言ってもらったけど、第二案も出す。
一つだけなら、佐渡島さんが判断しづらいと思うから。
そして、第二案も描いた。
佐渡島さんは、「こっちもいいね!」って言ってくれた。
佐渡島さんは多くを語らないけど、ぼくは第一案の方がよかったように感じる。
でも、こうやって描いてみたものの、自分の絵を描くことに、まだスッと気持ちが入らない。
人に自分の絵、いや自分の妄想を見せるのに、抵抗があるから。
自分の裸を見せるより、恥ずかしいかもしれない。
それぐらいのためらいがある。
***
佐渡島さんが主宰するコミュニティ「コルクラボ」のイベント「コルクラボ文化祭」で、トークショーに参加することになった。
デザイナーでなく漫画家として、現役バリバリの漫画家さんの中に混じる。
しかも「先生」とか呼ばれて。
正直、違和感しかない。
でも佐渡島さんは、こんなぼくの気持ちを察したのか、すぐに声をかけてくれた。
佐渡島さんは、優秀な編集者だから、こうやってモチベーションや行動まで編集してくれる。
それにメンタル面まで気にかけてくれて、優しい。
この気持ちに応えないわけには、いかない。
だから、とにかく描かねばと無我夢中で描いてみた。
これが初めての作品。
「CAMPFIREコミュフェスに行ってきた!」
夜中に、4時間以上もかけて描いた。
細かく描いているわけじゃないのに、こんなに時間がかかってしまった。
しかも、恥ずかしい。
この作品をすぐにツイートしようとしたけど、一瞬ためらいがあった。
でも、自分に課す「躊躇しないキャンペーン」を思い出して、振り切ることができた。
こんなときは、ついつい、ためらいがちな、ぼくだからこそ、自分に負けてはいけない。
Twitterが大好きで、つぶやくのも読むのも好きなのに、この時だけは、しばらく見たいと思わなかった。
なぜ、こんなに恥ずかしいのだろうか。
人からの評価を、恐れているからだろうか。
漫画を描き始めたばかりで、下手とかそんな話ができるレベルでもない。
突き詰めて考えてみたくもなる。
だけど、今、そんなことに時間をかけている場合じゃない。
だから、やめた。
佐渡島さんは、この作品を見て、どう思ったのだろうか。
「描くことを、当たり前にしよう」
そんなメッセージが込められているように感じた。
自分の一挙手一投足にとらわれず、とにかく描いて出せ、と。
そして、
「描きたいことはなんだったの? 描きたいコマから描いてみよう!」
とアドバイスももらった。
なるほど。
まったく考えていなかった。
ぼくは、とにかく漫画を完成させる使命感だけにとらわれ、描きたいこと、描きたいコマへのこだわりは薄かった。
***
いよいよ「コルク文化祭」の日がきた。
このイベントには、前田デザイン室も参加する。
ここでの大きな目的は、この夏につくったマエボンを販売して、一人でも多くの方に読んでもらうこと。
前田デザイン室とメンバーのことを、少しでも知ってもらいたい。
そして、オンラインサロン発の雑誌という、単にもの珍しさだけじゃなくて、童心をテーマに掲げ、ブレずにつくったことも伝えることができれば、なお嬉しい。
そんな思いもあって、このマエボンの購入特典に、ぼくの書き下ろし漫画を入れることにした。
それがこの作品「サディマイラブ」。
あの夏の朝のことを思い出しながら、描いた。
この作品を、佐渡島さんに読んでもらおうと直接、手渡した。
でも、あまりに恥ずかしかったので、佐渡島さんが読んでる途中、いろいろ話しかけてしまった。
このコルクラボ文化祭では、佐渡島さんだけでなく、多くの漫画家の先輩方にお会いした。
先輩方からは、漫画を描く上でのいろんなアドバイスをもらった。
特に、カメラワーク(演出)、コマ割りの工夫、プロットの重要性、模写のやりかたなど、かなり勉強になった。
さっそく実践していって、少しでも上達したい。
そして、いつか、この場にいたみんなに、自分の成長した姿を見せたい。
こんな経験ができたのも、佐渡島さんと会って、マエボンを作ったことが発端だった。
なんとも不思議な縁を感じる。
経験がなくても、躊躇なく動いてよかった。
いっしょに楽しめる、頑張れる仲間がいてくれて、本当によかった。
***
デザインに花束を
漫画家として動き出したぼくだけど、デザイナーとして、やり残したことがある。
その一つに、会いたい人がいる。
それは、デザイナーの水野 学さん。
水野さんはデザインプロダクション「good design company」を率いて、くまモンの企画デザインや中川 政七商店のリブランディングなど、多くの著名な仕事を手がけている。
ぼくはその高いクオリティとデザインディレクションに惹かれ、水野さんといっしょに仕事がしたいと思った。
ちょうど、ぼくの年齢が30代に入ろうとする頃で、この先の自分の生き方にいろいろと思いを巡らせていた。
そして一念発起して、「good design company」の入社試験を受けてみた。
だが、残念ながら縁をつなげることができなかった。
今思えば、いろんな意味で若かった。
デザイナーとしてというより、ひとりの人間として経験と力が足りなかったのかもしれない。
でも、そのおかげでいい経験をさせてもらったと、今なら思える。
あれから、10数年がたった今年。
水野さんと会う機会をつかんだ。
しかも、自分がデザイナーとして一区切りつけようとしている、このタイミングで。
縁をつなげることができないと諦めたあの日、まさかこんな日が来るとは思いもよらなかった。
期待と不安がよぎる中、水野さんの書籍の記念イベントで、久々にお会いした。
正直、かなり緊張した。
もし、編集者の竹村さんが声をかけてくれなかったら、自分からお声がけすることはできなかったかもしれない。
久々にお会いしたというのに、水野さんは、ほんとに優しかった。
このことをツイートすると、佐渡島さんが、声をかけてくれた。
この出会いを、漫画に描きたくなった。
そして、描いたのがこの作品。
「憧れの人」
この作品に対しても、佐渡島さんはアドバイスをくれた。
「人の名前って、読者には結構、負担となる情報だから、大切じゃない時は、無名にした方がいい。竹村さんも、『編集さん』の方が、多くの人には読みやすくなるよ。」
漫画の読者は、絵を追いながら、文字で確認してストーリーを理解する。
そこに、キャラクターの名前などの文字情報が多くなると、読みにくくなる。
だから、省略できるところは省略して、ストーリーに入り込めるように工夫する、ということか。
漫画も読者目線という点で、デザインと同じなのに、そこにすぐ気づけなかった。
でも、感情を出し、感情の変化を意識することに気づけたので、この気づきを生かして、今後はもっともっとやっていかねば。
そして、やり残したことのもう一つ。
それは、デザイナーに区切りをつけて漫画家になると、はっきり口にして、人に伝えること。
自分のnoteやSNSでは、すでに宣言して関係者に周知したものの、まだ公然には宣言していない。
だから、自分の生の言葉ではっきりと伝えたかった。
周りの人のためにも、自分のためにも。
そして、その機会は来た。
大阪心斎橋のスタンダードブックストアでのトークイベント。
「デザイナー4.0」と振り切ったタイトルにした。
別に5.0でも10.0でも、何でもいい。
大切なのは、気概。
あれこれ考え心配して、躊躇するのでなく、恐れずに前を向き、進化してみせよう。
デザイナーとして18年分の総決算であり、この気持ちを若い頃の自分、今の若い人たちにも伝えたい。
そんな思いがあった。
デザインが決して嫌いになったわけじゃない。
でも、ここではっきり宣言して、一区切りつける。
そうすることで、心と体のベクトルを合わせることができる。
それぐらいの覚悟で向き合わないと、今から漫画家になるなんて、できるわけがない。
見守りし人たち
デザイナーに区切りをつけて、漫画家になることを決めたのは、紛れもないぼく自身だ。
でも、ぼくの決断が、ぼくだけで完結するわけではない。
周りのいろんな人たちにも影響を与えることは、初めからわかっていた。
実は、嫁から「デザインのほうが才能ある。 漫画で『おお!』って思ったことなんかない。」とグサリの一言をもらった。
嫁は昔からハッキリ言ってくれる。
でも、ぼくはこう言った。
「デザインはどうだった? 大学の時におお!って思った? これからだから。」
嫁が言いたいことは、十分過ぎるくらいわかってる。
家族は嫁だけじゃない、子供もまだ小さいし。
経済的なこととか、いろいろ心配してくれた上での言葉なのは、もちろんわかってる。
だからこそ、グサリと効いた。
ちょうど、気持ちが弱っていたせいもあって、かなり効いた。
実際、漫画を描き出してリアルにわかってきたのだけど、自分が登ろうとする山は、ものスゴくとんでもない山。
頂上が、本当にあるのかもわからない。
奥に続く道もどうなってるか、さっぱりわからない。
だからこそ、グダグダ言っても始まらない。
とにかく、少しずつでも前に進むしかないんだ。
ぼくの決断が影響を与えたのは、家族だけじゃない。
ぼくに仕事を依頼してくれる、クライアントさんにも与えてしまっている。
漫画家への転身宣言をした後も、以前からの続きでデザインの仕事は続けていた。
以前にも増して、おもしろい案件が飛び込んできたりもして、本当にありがたいこと。
でも、デザインの仕事をリセットしきれない自分に苛立ちも感じている。
あれだけ周りを騒がすような宣言をしておいて、まだ、デザインをやってる。
そんなコミットで、漫画家としてやっていけるのか?
漫画がダメでもデザインがあるとか、そんな甘えがあるんじゃないのか?
と自己批判したと思ったら、
アートディレクションとデザインは、編集や漫画を描くことに共通するところがあるので、無理に切り離す必要はないのじゃないか?
デザインが、やっぱり好きだ。
…とか、
いろんな思いが交錯して、頭を抱える。
やはり、このままじゃダメだ。
デザインを封印する覚悟まで、気持ちをもっていかないと、ダメだ。
ぼくはクライアントさんに向けて、宣言した。
きっぱり言い切った。
だが、この強い言葉は、クライアントさんを不安にさせてしまった。
ぼくの疑いのない本心ではあるけど、必要以上に不安にさせてしまうのは、本意じゃない。
ぼくの決意は伝えたいけど、長年お世話になったクライアントさんを無下にしたくない。
だから、デザインの仕事は、アートディレクション中心にシフトして、少しずつ仕事量を減らしていく。
そのために、スタッフの力も借りることにした。
ぼくの決断は、ぼく自身のことだ。
でも、そのことで影響を与える周りの人たちにも理解してもらった上で、前に進みたい。
これからもいろいろなことが、起こり得るのは間違いない。
その可能性もわかった上で、この先も考えていきたい。
そして漫画家へ…
カチャッ!!
不意に鳴ったその音で、
はっ、と我にかえる。
音が鳴った方向を見る。
さっきまで、デスクの上にあったApple Pencilが、床に転がっている。
続けて手元を見る。
ぼくはPCの画面を前にして、右手の傍らには、iPad Proが置いてあった。
どうやらデザインの仕事をしながら、しばらくの間、物思いにふけっていたらしい。
ついさっきまで、iPad Proに漫画を描こうとしていたはずなのに…
だが、画面には、何も描かれていない。
漫画を描きたい、という思いが強過ぎて、逆に手を止め、気がつけば思いにふけている。
デザインの仕事は、減らしているものの、まだ終わったわけではない。
漫画を描きたいけど、ひとまず仕事に戻らねば。
デザインの仕事を、きっちりやり遂げねば。
そして、思う存分、漫画を描いてやるんだ…
***
あの漫画家転身宣言から、2ヶ月しか経っていない。
だが、その間、あまりにいろんなことが起こり過ぎた。
特に、ぼくの中で、3人の編集者との出会いが、強烈過ぎた。
ぼくに、多くの手を動かすチャンスを与えてくれた、箕輪厚介さん。
ぼくがやってきたことをきっちり言語化して、自信を与えてくれた宇野常寛さん。
そして、漫画家という夢の道へ進むきっかけと、日々の導きをくれる佐渡島庸平さん。
彼ら3人との触れ合いから、自分の人生を編集されている気がしてくる。
ぼくは今、41歳。
漫画家を志すには、明らかに遅い方だろう。
でも、クリエイティブを為すには、人が内面にもつ思いやイメージと、積み重ねてきた経験が、大きな力になる。
このことを、3人の編集者から学んで、信じることができるようになった。
だから、ぼくにしか描けない作品が、きっとあるはずだ。
必ずあると信じている。
だから、描くよ!
***
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
私たち「情熱高志」編集部は、これからも「漫画家 まえだたかし」に密着し、情熱をもって描く彼の姿を書き記していきます。
あなたも私たちとともに、彼のまんが道を見守っていきませんか?
「情熱高志」は毎週水曜日21時に配信します。
次回の配信は、2月13日を予定しています。お楽しみに!