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「いいものを作るためには一番を知ること」博報堂 細川剛、元・任天堂 前田高志、大阪芸大の同級生対談

前田デザイン室で制作した書籍『NASU本 前田高志のデザイン』刊行記念として、7月3日に代官山 蔦屋書店にてトークイベントが開催されました。このイベントの内容をお届けします。


登壇者は、博報堂のクリエイティブディレクター/アートディレクターの細川剛さん。

そして、株式会社NASU代表取締役/前田デザイン室室長、アートディレクターの前田高志さん。


この二人、実は大阪芸術大学での同級生。同じ大学を卒業し、細川さんは博報堂へ。前田さんは任天堂を経て独立。同級生から第一線の現場でものづくりをしてきた二人が「現場で学んできたこと、20年分の答え合わせ」と題して話を進めていきます。



まずは自己紹介から

前田: 僕はもともと任天堂で勤めていて、3年前に会社をやめフリーランスとしてデザインの仕事をやっていました。去年の6月には、株式会社NASUを立ち上げました。

それとは別軸で、去年の3月から前田デザイン室というオンラインサロンをはじめています。仕事とは違う筋肉を使いたい、仕事ではできないことを発散したくて。その前段階として、僕は箕輪編集室というオンラインサロンに入り、そこでたくさんデザインをして、いろんな人に認知してもらえました。その繋がりで、コルク佐渡島さんの新人漫画グループにも入れてもらい、今は漫画家への移行期間中です。コルクのデザインの仕事もしています。あと大学と専門学校の先生をしています。今日は、よろしくお願いします。

では、今日ゲストに来てもらった、細川剛くん自己紹介をお願いします。


細川:前田くんと同じ大学の同級生です。4年間大阪で一緒に勉強して、僕は東京で就職しました。たまに会って話をしていたら、(前田君は)すごいことになっていた(笑)。


前田:
いや、剛君の方がすごいよ。だいたいのクリエイティブ系の賞を獲ったんじゃない!?

細川:割と……そうかもしれない(笑)。

前田:
ほら!グッドデザイン賞は?

細川:
獲った。

前田:えーーっ!?僕ら、今グッドデザイン賞を獲ろうとしているのに!

今回は「NASU本」のイベントですが、去年の秋には前田デザイン室で『マエボン』という雑誌を作りました。このマエボン、今グッドデザイン賞に応募しているんです。去年マエボンのトークイベントに剛くんが来てくれていて、終わった後で「取り組みが新しいからグッドデザイン賞に出してみたら?」と言ってくれたことがきっかけなんだよね。


細川:グッドデザイン賞、いけるんじゃないかな?

前田:
いけそう?だったらいいな。剛君は全部賞取ってるやん。カンヌは?

細川:
カンヌも獲った。

前田:
すごい!!どうするの?この先?

細川:
どうするか、考えているところかなぁ。

前田:
賞とかじゃないもんね、もはや。

細川:
そうですね。賞以外の部分で、社会にどうインパクトを与えていくかを考えています。


前田:剛君の有名な実績としては、グランドキリン。それから水と土の芸術祭。(グッドデザイン賞受賞!)

細川:最近でみんなが知っていそうなのは、SDGs。国連がやっているやつ。

前田:高尚なのをやっているね。

細川:僕は、ポップ系というよりはアート系が多いのかも。

前田:でもさ、CMだとユンケルもやっていたよね?

細川:あぁ、10年前くらいね。

前田:そこからアート系に変わっていったってこと?

細川:上手くいったのがアート系だった。そっちで一度うまくいくと、そういう依頼がどんどん増えていったって感じかな。

前田:リプトンのデザインもやってたいよね?話題になっていた。

細川:12,3年前かな。リプトンのパッケージでタワレコとコラボしたりしました。


前田:すごいなぁ。
今回、剛くんと対談をするから、聞きたいことをブログにまとめてきました。あ、ブログ2つくらい書いたの。見てないと思うし、僕も何の報告もしないけど(笑)。


細川:見てないね(笑)。

前田:全然見ないの?SNSとか。ツイッターの反応とか?

細川:仕事の反応は見るけれど。他はあんまり。

前田:博報堂の人でSNSをやっている人もいるみたいだけど、興味ない?

細川:興味……、ないねえ(笑)。仕事としてうまくいったかは調べたいけど。

前田:「自分がやったぞ!」って知って欲しくないの?

細川:そうだなぁ。雑誌とか賞で出てくるからなぁ。

前田:いいなぁ。僕もグッドデザイン賞を獲りたいっ(笑)。



「NASU」屋号について、屋号は心の支えになるブレない志にしたほうがいい。


前田:僕のNASUって屋号は、実は剛くんがいなかったらつけていなかった。「屋号をどうしようかな?」って相談したときのこと覚えてる?最初は全くこだわりがなくて、「〜デザイン」みたいな屋号をつけようと思っていたけれど、剛くんに止められた。

「フリーでやっていたら、辛い時がくる。その時に心の支えになる名前にした方がいい」って剛くんが言ってくれたんだよね。

細川:いいこと言うね(笑)。

前田:ちゃんと考えることから逃げていたんだけれど、そこから真剣に考えた。

剛くんも案を出してくれたよね。「“GO AHEAD”はどう?」って言ってくれた。「前へ」って前田の意味なんだろうけど、よく考えたらGOって、剛くん自分の名前をさらっと入れてきてたよね(笑)。

細川:(笑)。

前田:でもこれを聞いて、僕ってかっこいい系じゃないってわかった。

細川:ちょうどその時先輩が、会社をやめるかやめないかって話をしていて。屋号を付けて独立しようとしてたけれど、名前が付けられなくて結局会社をやめられなかった。

やっぱり屋号っていうのは「こうしたい」「ああしたい」っていうビジョンがないとつけられないものなんだなと。
そういうこともあって、屋号はかっこよさより、自分のブレない志でつけた方がいいんじゃないかって。

前田:そうだったんだ。そのとき屋号をいっぱい調べていたんだけど、例えば佐野研二郎さんの「ミスターデザイン」とかすごいよね。まさにデザイン界のミスターを目指しているから。水野学さんの「グッドデザインカンパニー」もいいなぁ。

細川:佐藤可士和さんの「サムライ」もいい。

前田:そうそう。「自分がどうありたいか」っていうのだよね。

細川:「NASU」もわかりやすい。

前田:
嬉しい。
僕はもともと『バックトゥザフューチャー』の映画が好きで。「為せば成る」って言葉が好きなんです。デザインでも、誰かの成し遂げたいことのお手伝いをしたいんですよ。

それから僕って、かっこいい系よりちょっとふざけているからダジャレも入れたくて。それでNASUなの。りんごに対してナスっていいなと。よく「茄子が好きなんですか?」って聞かれるけど(笑)。だからこの屋号がなかったら、この本もこの形にならなかった。

この本をなぜナス形にしたかというと、ただ「前田高志が本を出しました」と言っても誰も興味ないと思うんです。でもナス形だと面白がって手に取ってくれる人がいるはず。そしてその面白がってくれる感性を持っている人と繋がりたいんです。これ(NASU本)あげたよね?見た?

細川:もらった、パラパラとは見た。

前田:パラパラ(笑)。

細川:逆にこの形以外の案はあったの?

前田:ない。この本、2週間くらいで作ったから。
仕事ではもっと色々検証するけど、前田デザイン室はノリでそのままやっちゃう。でも剛くんは、異常なくらいみっちり検証やるよね。
だって大学1年の頃から誰よりも課題やっていたもん。誰よりも考えて、誰よりも真剣にやっていた。レタリングの実習も僕はトレーシングペーパーを剛くんから借りて、いかに楽に早くやるか考えていたけれど、剛くんは全部全力だった。なんでなの?楽しかったの?

細川:真面目な話をすると、私立大学に行かせてもらったからには、しっかりやらないとなと思っていた。「一番にならないと」って。

前田:一番を目指してたんだ?

細川:目指してた。

前田:すごい、その話初めて聞いたわ。最初からダントツだったよ。

僕、大阪芸大でデザインを教えていて、学生には剛くんのことを毎回言っているよ。「全力で課題を一番やっている人が、社会で成功している」と。すると教室の空気がピリッとする。

細川:そうなんだ。僕からすれば、前田くんすごいと思っていた。大学で1年生の最後にグループ展をやったよね。個展だから、課題じゃないし自分のやりたいことをやればいいって時に、前田くんは自分の絵を描いて出していたけれど、自分にとってはそれがなくて。作家性がないなと感じた。だから前田くんが羨ましかった。

前田:作家性!そんなこと考えてなかったよ。ただグループ展を楽しむって感じでやっていた。でも今思えば、その時から僕も特色が出ている気がした。突き詰めていいもの作るのも好きだけど、そこまで深くは行けなくて。もっと外向きに何かをみんなで楽しむのが好きなんだと思う。

細川:僕は逆に、課題とかがあればそこに集中する。

前田:今も?

細川:そうだね。デザインで何したいかって長期の楽しみはあるんだけど、基本は目の前のプロジェクトを突き詰めることを楽しんでいる感じかな。

前田:僕の場合は「本を作って、本屋に並ぶといいな」とか、広がることが好きなの。
任天堂時代も依頼に対して100%、200%の力で返すのは楽しかった。でも土日に仕事以外で「こんなのどう?」っていうアイデアが湧いてくる。牛乳キャップの名刺とか、初任給で作ったんだけどね。ああいうのを、思いついてやりたくなっちゃう。それが今の前田デザイン室につながっている。



Q1:良いものを作るためにやってきたことは?

前田:じゃあ質問していきます。剛くんは、どうやって自分を高めてきたの?良いものを作るためにやってきたことを知りたいな。訓練してきたこととがあれば教えて。

細川:訓練というか…一番を知るようにしてきた。
「美味しいお店」と聞いてたとしても、本当に美味しいかどうかってわからない。世界中の店を知ってるわけではないから、言いきれないよね。でも「一番美味しい」と言われているお店の味を知っていたら、「美味しい」のレベルがわかる。「こういう美味しさがある」ってこと、それを味わって感動する世界があることを知っていたい。そしたら自分が作るものも、一番のレベルを知った上で作ることができる

前田:それはジャンル問わず?

細川:そうそう。食べ物にしても温泉とかにしても。そこは投資してきた。

前田:温泉よく行ってるもんね(笑)。僕も前田デザイン室でよく言ってるよ。「良いものを知らないと、良いか悪いか分か判断できない」って。じゃあ例えば、レイアウトを学ぶためにトレース(模写)はした?

細川:一回真似てみるっていうのは、会社に入ってからもやってる。例えば可士和さんのとか、気になったデザインを真似てみるとかね。

前田:鍛錬してるやん。可士和さんのデザインに興味があるってこと?

細川:興味というか、吸収に近いかな。一回自分の中に取り入れてみる感じ。

前田:真似ぶってやつだね。レイアウトのトレースは、僕は全くやらなかった。めんどくさくて……(笑)。
タイポグラフィは?今でもカーニング(文字の間隔の処理)とかやる?

細川:やるよ。

前田:え?剛くんって、今クリエイティブディレクターとしてやっているんでしょ?若い子のデータを貸してもらって直すってこと?

細川:うん。最後が重要だから。

前田:それってどういう風にやるの?普段の剛くんは優しい感じやん?「貸せよ」って?

細川:(笑)。いや、そんな感じじゃないけど「ここからは、ちょっと貸してくれない?」みたいに言う。文字の扱いって大事だから。若手にとっては「そこまでやるんだ」って思うだろうけど、あえてそれをやってみせているのもある。

前田:細かい世界って、宇宙並みに果てしないやん?だからそれをやってみせるってことね。

細川:そう。やってあげないとその人の成長が、そこで止まってしまうから。


Q2:一緒に仕事をした人は厳しかった?どういう影響を受けた?

前田:若手の成長って話がでたけれど、剛くんが若い時に一緒にやっていた人は厳しかったの?

細川:一緒にやってたのは、森本千絵さんとかかな。厳しくはないけど、細かいところまで気を配っていた。

前田:細かい?緊張感がある感じ?

細川:そういう細かさじゃなくて。世界観がすごいの。可士和さんも森下さんも相容れないものを持っているけれど、どちらも良いよね。それぞれ価値観が違うけれど、それぞれが良いとされていた。だから直接誰かから影響を受けたというより「違っていいんだ」と思えるようになった。

前田:全然タイプ違うもんね、作風。それに合わせられるってすごいよ。

細川:自分がそもそも個が強くなかったから、それを真似ぶじゃないけど、勉強になったよ。

前田:それが今に生きてそうだね。



Q3:プロの条件とは?


前田:そうだ。若い頃に、プロの条件って話をしたの覚えてる?「プロのデザイナーの条件」。

細川:あぁ、したような(笑)。

前田:さっぱり忘れてるやん(笑)。
剛くんは、先輩クリエイティブディレクターの人を見て「感覚を言葉にするのが上手い人」って言っていたよね?

細川:うん、打ち合わせを何回かやっている時にその先輩に呼び出されたことがあって、「君の言う“なんか”ってなんだ?」って言われた。「なんか良い感じです」とか言っていたんだよね。

「その“なんか”を言葉にできるように表現しろ」
「クライアントは“なんか”に何億も使うのか?」
「“何を信じてもらうのか?”言葉にできないと、それはプロじゃないよ」
って。


前田:
「何を信じてもらうか」なるほど。
一方で、言語化できないけれど良いものってあると思うんだよ、僕は。どうかな?

細川:確かに、もともと世の中は言語でできていないからね。当然あると思うよ。でも人と価値観を分かち合うときは、言語じゃないとね。言語じゃない世界はアート。で、一人でできないことがデザインだから、そこは言語にする力が必要かな。



Q4:良いデザイナーは言語化がうまい?

細川:可士和さんと仕事をしていた時、デザインもすばらしいんだけど、一番すごいと感じたのは、ミニマムの言葉を発見する力かな。すると絵が描けなくても、クライアントにも営業さんにも伝わる。プロジェクトの真ん中にあるシンプルな言葉を見つける力がすごい。

前田:言葉が作るビジュアルもあるもんね。剛くんは、ビジュアルから作ることが多くない?

細川:行ったり来たりするかな。「この感覚って新しく見えるけど、それってどういうコンセプトだからそう見えるのかな?」って考える。言葉とビジュアルを往復する感じ。

前田:やっぱりそうか。全く一緒。

細川:本をここ10年くらいすごく読むようになった。美大の時とか高校生時代は全然本を読んでいなかったけれど、今は哲学書とか読むよ。自分の考えや感覚をすでに言語化されているものが哲学書だったりするから。自分の感覚を言葉に変えられるように読んでいる。

前田:哲学書かぁ。何かおすすめってある?

細川:本じゃないけど、NHKの「100分で名著」って番組は好き。その番組は100分でわかるから、気になったら本を読んでみようかなって思える。広い考え方を知れる。

前田:いいこと聞いた。自分のクオリティを上げたり、一番になるために結構やっているよね。すごいね。学校を飛び出しても、一番になるためにやってたってことだもんね。

細川:そうだね。

前田:すごいよ。あとさ、できるクリエイターって、文章が上手くない?

細川:うん、うまい。アートディレクターが書いた文章が採用されることも多いよ。言葉も結局記号だから、デザインと繋がる部分があるはず。感覚を伝える記号だからね。

前田:言葉を考えながらデザインするもんね。コピーライターがビジュアルを考えることもあるよね?

細川:うん、ある。

前田:やっぱり。そういう話がここに(NASU本)書かれています。



Q5:デザインとアートの違いは?

前田:デザインとアートの違いはどう思う?

細川:そもそも概念が違うけれど。デザインはある目的のためにする行為、操作されたもの。アートは具体性を持たないもっと広いものかな。

前田:このテーマ大学の時に話をしたよね。その時は「腐らないものがアートで腐るものがデザインだ」って解釈をしたような。でも今思えば違うよね?(笑)。

細川:違うね(笑)。

前田:僕はこの問題について延々と考えてるなぁ。NASU本にも書いているけど、そもそも概念が違うよね。掃除機(アート)と掃除する(デザイン)を比べているようなものじゃないかなと。掃除するために掃除機が必要なように、デザインをするためにアートの力が必要なのかなと考えている。これもNASU本に書いてるから、読んでね(笑)。



後編へ続きます、お楽しみに。


バナー:前田高志
写真:ツチダマミ杉元恵子
書き起こし:大久保忠尚浜田綾
構成・編集:浜田綾



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