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「自分は正しい」という視点を外した方がうまくいく、博報堂 細川剛、元・任天堂 前田高志、大阪芸大同級生デザイナー対談

前田デザイン室で制作した書籍『NASU本 前田高志のデザイン』刊行記念として、7月3日に代官山 蔦屋書店にてトークイベントが開催されました。

登壇者は、博報堂のクリエイティブディレクター/アートディレクターの細川剛さん。株式会社NASU代表取締役/前田デザイン室室長、アートディレクターの前田高志さん。

大阪芸術大学の同級生から、細川さんは博報堂へ、前田さんは任天堂を経て独立。同級生から第一線の現場でものづくりをしてきた二人が「現場で学んできたこと、20年分の答え合わせ」と題して話を進めていきます。

前編未読の方は、ぜひこちらからお読みください。


Q6:クリエイターとしての失敗談は?

前田:そうだ、成功談だけじゃなくて失敗談も聞きたくて。クリエイターとして失敗したことは?怒られたことはある?

細川:怒られたことは、いっぱいあるね。前田くんは?

前田:あるよ、誤植(笑)。でも、正確に言えば怒られてはいない。「謝罪よりも、この先どうするか対策を考えよう」って言ってくれる環境だったから。

細川:なるほど。僕がこの前やってしまったのは、人の顔を首でトリミングしたのを指摘されたり。そういうのはあるよ。

前田:僕もある。ある販促物で42って数字を使ったら「“死に”じゃないか!」って(笑)。色使いで、赤と黄色使ったら「セールみたいだ!」とか。

細川:それは、お客さんに言われるの?

前田:いや、社内。こだわりが強い人が多いから。素晴らしいことなんだけどね。博報堂では、他のチームから指摘が入ることはない?

細川:それはないかなあ。

前田:あったとしても、剛くん上手くやりそうだもんね(笑)。
大学の時のことだけど、覚えてるかな?中国の大学の展覧会に僕ら二人の作品を出すことになったときのこと。僕は、剛くんに提出を任せて北海道に遊びに行っていた。「これで提出します!」って先生に1回も見せず最終提出したら、先生にすごく怒られたんだよね。

細川:そうだっけ?

前田:激怒りされたやん!?

細川:え?僕も?

前田:僕がその場にいなかったから、先生の怒りが剛くんに集中したんだと思う。怒られたって感じてないんや(笑)。

細川:全然覚えてない(笑)。

前田:えええ!
剛くんはその場で先生に「こういう方向性でいきます」ってきちんとを説明して切り抜けてくれたはず。僕は帰ってきてから夜先生に電話をして、2時間くらい説教された。僕真面目だから、電話でずーっと謝ってたよ。その日は徹夜で作品を直して、翌朝先生の家まで作品を持って行った。その点は、評価されたみたいだけどね。

細川:そうだったんだ。その先生の名前を聞いても顔も思い出せない。

前田:嘘(笑)!?
この辺の切り抜け方が、僕と違うよね。剛くんは、説得するのがうまいんだよ。僕は「すみません!」って体当たり。

細川:そういうのってオンラインサロンでないの?いろんな人の意見がぶつかったりしない?辛くないの?

前田:全然辛くない。全部素直に意見を言っているだけだから。正直なの。さっきの先生の話も、悪いと思ったから素直に謝っていたし。全部、素の反応。だから前田デザイン室で、誰かに何か言われて悪いと思ったらもちろん謝る。でも違うと感じたら、思っていることを正直に言うよ。

ちなみに大学の後輩から聞いたんだけど、このときのことは語り草になっているらしいよ。「細川、前田ってのがいて、一人はうまく説明して〜もう一人は〜」って感じで先生が話をしているらしい。剛くんは説明して対処するのがうまいんだよね。すごいよ。僕は怒られてもピンチをチャンスに変えるのがうまいのかも。先生に謝りに行って作品を出し直してからは、むしろ評価されて先生と仲良くなったからね。



Q7:クライアントから予期せぬ変更依頼、どう対処する?

前田:クライアントからダメ出しじゃないけど「こうしてください」って言われることってよくあるよね。でも明らかに違うなとか、コンセプトからずれてるなと感じた時はどう対処してる?

細川:デザインを2つ見せるしかないよね。目の前でデザイン案を2つ見せて、言葉とともに伝えるしかない。

前田:全く一緒。NASU本にも書いてる。剛くんが考えてることも全部入ってる(笑)。
NASU本では「受け止めてから背負い投げ」と表現をしてる。要望は一度は受け止めるようにしてるから。「ありがとう!」って。一回受け止めて、やってみたら意外とよくなる部分もあるよね?

細川:うんうん。合気道みたいなもんよね。

前田:うん。箭内(やない)さんの本だよね。『クリエイティブ合気道』。

細川:クライアントの言葉を受け止めて、それを飲み込んだ上で出したものの方がうまくいくかもしれない。

前田:本質を掴んで、自分なりに料理して出すというか。

細川:そう。自分が良いと思っていても、それは一人の価値観でしかないから。クライアントの人が間違ってると感じたとしても、そもそもクライアントの方が自分の会社のことだから、圧倒的に自分たちの製品のことを考えているだろうからね。そこは敵うはずがないし、信じた方がいいし、受け止めるべきだと思う。

「自分は正しい」という視点を外してみた方がうまくいく
のかも。

前田:わかる。メーカーの宣伝にいたからか、商品のことばかり考えていた。「これをいかに売るか?」って、考えすぎるほどに。
自分たちでは、情報が多すぎて分からなくなっていることもあるだろうから、外部で広告を作る立場の人は、そこを整理してあげられるといいよね。そうすると、いい化学反応が生まれそう。

細川:そうだよね。クライアントの気持ちや要望って、オリエンってプロジェクトが始まる時のミーティングの中に答えがある気がしている。



Q8:クオリティポリスになったことはある?

前田:そういえば、このNASU本の中に「クオリティポリス」って言葉があって。

細川:新しい言葉だ。

前田:前田ワードが多過ぎて、NASU本のライターさんは困っていたらしい。

細川:辞書作った方がいいね(笑)。

前田:そう。これは仕事を数年やって、ちょっと慣れてきて来た頃になりやすいの。細部にばっかりこだわって、そこに執着してしまう。細かい部分も大事だけれど、そこにとらわれ過ぎてしまう状態の人のことを指しています。僕もクリエイティブポリスになったことがある。

若い頃は、僕も後輩のデータを取り上げて調整したことがあった。剛くんもなることあると思うんだけど、それはデザインを売っている会社だから仕方ない部分があるよね。

でも任天堂の場合はそうじゃないから、そこまでポリスになる必要がなかったのかなって今は思う。自分の価値観だけでやるわがままというか、大局を見るのが大事だなと。30歳くらいになって、クオリティポリスから抜け出すことができて仕事が楽しくなった。クオリティが邪魔している部分とか、シビア過ぎてしまうことってない?

細川:アート寄りのデザインだったり、緊張感が必要な時は、やっぱり詰めも緊張が必要になるかな。逆にポップな雰囲気にしたい時は、勢いで作った方が良かったりするから、その時の目的にも合わせているかも。

前田:そうだよね。

細川:美しさを求めるデザインと、楽しさを求めるってデザインは違うから。その違いかな。

前田:月一で山手線の広告を作っていた時はノリと勢いでやっていた。毎月変わるものだし、勢いで作った方が良いものができると思って。雑誌的な感覚かな。

細川:ポスターも勢いが必要な時があって、そういう時はあんまり細かすぎると固くなっちゃう。言葉や伝わり方の解像度というか。

前田:伝わり方の解像度?

細川:そう、勢いを伝えるために情報量を減らすの。

前田:そういうことか。なるほどね。



Q9:二人の今後は?

前田:これからどうするの?会社を辞めたりするの?

細川:どうですかね?(笑)。

前田:僕、剛の屋号を聞いてるよ?学生の時に。

細川:覚えてない(笑)。

前田:ゴウチック。

細川:ゴシックかな。また「剛」が入ってる(笑)。

前田:ゴシックって、作家っぽいね。

細川:僕の感じと違うよね。だからこの屋号はやめておこうかな。

前田:博報堂って会社をやめて独立する人が多いよね?みんなからも聞かれない?

細川:そうだね。でも名前が決まらないし(笑)。

前田:今やりたいことをできてるから?僕は、フリーになってからは5年デザインをやって、次を目指す上で漫画をやろうと思っている。コンテンツを自分で作りたいと思わない?映画とか漫画好きやん?

細川:好きだけど。「これを作りたい」っていうのは今はないかな。

前田:そっかぁ。じゃあ、若いデザイナーの育成とかやってる?

細川:一緒にやっている。経験がないと解像度が低いから、その解像度を上げるために色々言うようにしているよ。

前田:解像度って、どういうこと?

細川:例えば、NASU本にしても紙の質感があって、この本があるわけで。そういうことに最初は気がつかない。ただの綺麗な白い紙ってだけじゃなくて、表紙の黒がよく見えるには、どの紙の質感が一番伝わるか。黒の表紙の裏に紫の特色があって…とか。奥の解像度を感じ取ること。なるべく小さい要素にどれだけ奥行き、情報量を込められるかがポイントだから。

前田:奥行きの解像度いいね。この形もそう?NASU本の。

細川:選択肢というか、レイヤー?これも角が丸くなったらまた違うだろうし。

前田:出来上がったものの奥行きね、なるほど。そういう意味ではマエボン はあえて解像度をなくしてるって言えるのかも。わざとビジネス書の中で浮くようにデザインした。

細川:解像度のコントロールだね。そう、わざと解像度を粗くすることもあるから。

前田:情報量って言葉は、佐渡島さんもよく言っている。今、佐渡島さんのところで、漫画の表紙のデザインをさせてもらっていて、ある本で紙ではフロッキー印刷って特殊な加工をするの。でもそれって「電子書籍になったら情報量が違うよね」って佐渡島さんが言っていた。こういうことだよね?

細川:そうそう。 だから最近RGBの表現に興味がある。もっと奥行きがあるからね。

前田:選べる色の量が膨大だもんね。本の話をしたけど、剛くんは自分の本を出さないの?

細川:ないなぁ。

前田:博報堂の中村圭さんは、本を出したよ?彼はマエボンで広告も出してくれた。今度なんかあったら剛くん、広告出してね。

細川:え!僕が(笑)!?…わかりました。前田くんの今後は?

前田:今、楽しいことやれてるからなぁ。
グッドデザインカンパニーを受けて落ちて、数年後グラフの北川さんに会ってデザインを見てもらった。任天堂の会社案内とか褒めてくれたよ。その時に、「本物になりたかったら東京に来い」って北川さんに言われた。それを聞いて「自分の居場所は自分で作るしかないな」って思った。自分に合う環境を探していたんだけどね、それっておこがましくて自分で作ったほうがいいなと。でもそれからゴルフとかゲームにハマって。「俺は趣味に生きるんだ」ってね(笑)。

細川:それは楽しかった?

前田:楽しかったけど、虚無感に襲われるようになって。このままでいいのかなって。
それからダイエットを頑張ったり。何かに打ち込むことが好きなんだと思う。ドラクエXにもめっちゃハマったことがある。睡眠時間を削って、2600時間くらいゲームをやっていた。夜帰って3時くらいまでやって、朝5時くらいに起きて。「朝練」と称して、出勤前にレベル上げをしていた(笑)。「スルメ組」って名前のチームを作ってリーダーをやってた。

細川:何でスルメ?

前田:そのゲームの味をしゃぶり尽くす、みたいなところから(笑)。その時は、組長と呼ばれていた。今は室長だね(笑)。

細川:長が好きなの?

前田:(笑)。そうじゃないけど、みんなを巻き込んで何かをやるのが好きなのかもね。会社終わりにみんなでゲーム持ち寄って、ファミレスでモンハンをやっていたこともあるなぁ。だから今もその延長線上で、本を作ったりしているのかもしれない。

細川:そっか。逆にNASUの方で人を増やして、デザイン事務所を作るとか考えない?

前田:それはない。やりたい仕事ができなくなりそうで。定期的に売り上げ増やさないといけない。そんなの死んでしまう。自分のやりたいことができなくなると思う。『やりたくないことはやらなくていい』んですよ。

(会場笑)

前田:そういう本があってね。そこに座っている板垣さんという方の本なんですけどね。僕は、その装丁をやらせてもらったの。装丁とかやりたくない?

細川:装丁はないかなぁ。機会があればやりたいけれど。

前田:その辺、欲がないんだなあ。

細川:目の前のことに夢中になっちゃう。



Q10:目の前のことに夢中になるには?

前田:目の前のことに夢中か…。どうやって??作り始めとかしんどいやん。

細川:他の目的を持たせるとしんどくなくなるかもよ。「こういう筋肉を使う仕事だ」って考える。全部同じ目的にすると確かにしんどいね。

前田:「なんのための仕事なのか」ってことか。ゲームでいうと、このパラメーターを上げるためにやってる、って思うようなものかな。

細川:そうそう。だから大学のときも「レタリングを今がんばれば、解像度が上がるだろう」と考えてやっていた。

前田:すごいなぁ。その考えはなかったなあ。やっておけば良かった。
大学の時の課題で、今でも覚えていることがある。B2の紙にイラストを書く課題。剛くんはポスターカラーで緻密に描いていて、提出するときは一部しか仕上がっていなかったの。紙全体を使ったものじゃなかったけれど、それを見た先生は「合格だ。これを見れば全体の完成がわかる」って言っていた。

細川:へぇ。

前田:全然覚えてないの(笑)!?
僕はこれを見て衝撃を受けたよ。僕はMacを買ってすぐの頃だったから、ロボットの絵を書いてコマンドD押しまくってコピーばっかりしててさ。「いかに楽して課題をクリアするか」しか考えてないかった。それを絵の具で手描きできっちり塗っていて、すごいよ。

細川:今もそれに近い。会社の先輩には「修行みたい」って言われることもあるけどね。「細川寺」って(笑)。

前田:坊主だし(笑)。

細川:大学の課題の時も、限界に挑戦してみてたのかな。変態かもしれないけどね(笑)。

前田:変態だよ(笑)。でもそう考えて仕事をしたら、自分の仕事も楽しくなるかも。その先の解像度に繋がるよね。いいこと聞けたな。ありがとう。


というわけで、僕たち二人の経験談を答え合わせとして話を進めてきました。ちなみにここで話した内容は、NASU本にもっと詳しく書かれています。『NASU本 前田高志のデザイン』をよろしくお願いします。世界に500冊しかないので。

では、今日は来てくださったみなさま、剛くん本当にありがとうございました。


*対談の後も同級生トークは続いています。アフタートークとして、この対談の後に二人が語り合った話を有料公開しています。


『NASU本 前田高志のデザイン』は、代官山蔦屋書店さんをはじめ、以下の書店にてお取り扱いしていただいております。WEB書店も開設予定です。


この日の司会は、前田デザイン室メンバーでありNASU本の広告主でもある杉本まゆさんが勤めてくれました。

前田デザイン室の小野寺美穂さんが、この日の様子を即日グラレポしてくれました。




バナー:前田高志
写真:ツチダマミ杉元恵子
書き起こし:大久保忠尚浜田綾
構成・編集:浜田綾



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