#負けたエピソードインタビュー | 右腕だと思っていた社員がまさかの豹変。デザイン会社社長が敗北感を味わった瞬間
こんにちは! 前田デザイン室のぐんぐんと申します。
前田デザイン室では2022年のはじめ、クラウドファンディングを通じて『負けるデザイン』という小説を書籍化しました。
そのリターン企画として、自身の「負けエピソード」をインタビューしてほしい方を募ったところ、自分の負けエピソードを大勢の目につくnoteでさらすという変なリターンにもかかわらず、多数の応募者が……!
今回は、そんなリターンに応募してくれた、ちょっぴり変わり者な方の、リアルで生々しい、負けエピソードをお届けしたいと思います。
今回、「俺の負けエピソードを聞いてくれ!」と言わんばかりに、その顛末をお話してくれたのは、自身でデザイン会社を経営している石澤 大さん。
30歳でデザイン制作会社を立ち上げ、一時は従業員が20名を超えるほどに成長しました。ところが、とある社員をきっかけに、石澤さんが強い敗北感を覚えるほどの思わぬ緊急事態が会社に訪れます……
〈聞き手=ぐんぐん〉
うまくいってると思っていた事業がじつは……
ぐん:今回、ほかに類を見ない“負けた”瞬間のエピソードインタビューということで、初対面ですが石澤さんの“負け”についてお伺いできればと思います。
石澤:はい、よろしくお願いいたします。
ぐん:早速なんですが、石澤さんはどんな“負けるエピソード”をお持ちなんでしょうか?
石澤:当時、僕は従業員20名ほどのデザイン会社をやっていたんですが、2010年に創業して6年目の決算で、初めてえげつないくらいの赤字を出したんですよ。3000万円くらいの。それまでに出してた利益剰余金も全部帳消しになるような額でした。
それで、その赤字を出してしまった原因というのが、ある一人の男性社員だったんですね。
ぐん:それは責任重大ですね……!
石澤:彼は、仮にO君とするんですけど、そのO君のことは僕も自分の右腕のような存在だと思っていて、彼に新規事業を3つ任せていたんです。
それで、ちょくちょく売り上げの報告なんかは聞いたりしていたんですけれども、その数字がすごくいい感じなんですよ。
ぐん:うんう……ん? でも数字がいいのに赤字だったんですか?
石澤:いや、それがですね……見た目の数字がいいのはもちろん売り上げが上がっているからなんですが、商品を仕入原価以下の値段で販売していたんですよ。
たとえば、ユニクロのTシャツを2000円で買って、1500円で販売したらそりゃみんな買いますよね。本来の値段よりも安いんだから。
ぐん:つまり、売れれば売れるほど赤字になってしまう……?
石澤:そうです。見た目上は積み上がった売り上げを見せて「ほら社長、売り上げを作りましたよ」というような報告だったので、まったく疑うこともせず。なんなら、そのとき僕は彼を評価して給料を上げてしまったほどです……
石澤:僕自身が数字が見えていないことが大きな原因ではあるんですけど、彼がやっていた新規事業3つがすべて赤字だったので、まずは、出血を止めないといけない。ということで、すぐにその赤字事業すべてから撤退することを決めました。
O君の態度が一変
石澤:でも、そこからです。O君は自分が赤字を出していたことを棚に上げて、僕や会社の悪口を会社の中で言いまくるようになったんです。それも、裏で。
彼からしても、やっていた3つの新規事業が全部ストップされて、会社での居場所がなくなってしまう感覚もあったと思うんですよ。自分のポジションがなくなって、多分、否定されてるかのように感じたんでしょうね。
最終的には、「この会社はヤバいから辞めたほうがいい。こんな会社にいる価値はない」とまで言って、辞めていきました。
ぐん:……相当ショッキングな言い方ですね。
石澤:O君がそういうことを吹聴しているということは、ほかの従業員が直接、伝えてくれることもあって、それは気づいていたんです。「ボス、Oさんがこんなこと言ってますよ」って。あ、僕は会社ではボスって呼ばれているんですけど。
そこで僕が真っ向から言っても逆効果になると思ったので、放っておいたんですよね。それよりも今危ないのは数字。だから、自分はそれに向かおう、と。でも、そのうちに社内の雰囲気がすごく悪くなっていって……
ぐん:想像するだけで、居心地のわるい社内の感じがムンムンしてきます。
石澤:実際、その雰囲気が嫌になった人も多くて、一人辞め、二人辞め……と連鎖的に社員が辞めていって、9割の社員がいなくなりました。
ぐん:9割?! 20名ほどの会社とすると、18名くらい……。
石澤:赤字が出ていたのことが分かったのが9〜10月くらいで、2カ月くらいでほとんどいなくなって、2名だけ残ってくれました。
僕が従業員の心を掴めていなかったということではあるんですが、会社は赤字で苦しいのに、一人の従業員が、それも右腕だと思っていたやつがみんなを道連れにして辞めていってしまった。その瞬間の「俺ってダメ人間なんだ……」みたいな、敗北感はもうすさまじかったですね。
ぐん:結局、その赤字はどうしたんですか?
石澤:あんまりどうやったかをちゃんと覚えていなくて。がむしゃらに働きすぎて、当時の記憶があんまりないんです……。
社長の「ベンツ買いたい」で頑張れる社員はいない
ぐん:「いま思えばあれがまずかった」というような、負けにつながった石澤さん自身の失敗って思い浮かびますか?
石澤:うーん……そもそもなんですけどね。O君を雇うときに「こいつを雇ったら、もっと儲かりそうだ」って考えて雇ったんですよ。儲かるか儲からないかばかり考えていて、人のことをあんまり見れていなかったんですよね。
それが一番の失敗の原因かな、と思いますね。
ぐん:Oさんを雇ってしまったこと自体が失敗だったと……?
石澤:いや、雇ったこと自体というより、その時の自分の気持ちですよね。
利益を出すっていうのは善でも悪でもないと思うんですけど、出た利益を何に使うかはどうしても人間の感情が入ってしまいますよね。それが、たとえばブランド物の服を着るとか、いい車に乗るとか、会社の見栄えをよくして見栄を張るとか……。
当時は、その気持ちが如実に出てしまったんだと思います。
石澤:創業して最初の頃は、「儲けよう」なんて全然意識してなかったんですよ。自分がやりたいこと、どこまでチャレンジできるかっていうのを目標にしてたんです。
ただ、その時のモチベーションとして、月商がいくら越えたら欲しかった自転車を買おうみたいな、小さなマイルストーンを自分で立てていたんですよね。
自分への個人的なご褒美を続けていった結果、その延長線上で「儲かるほうがいい」という頭になってしまっていたのかもしれません。
ぐん:小目標とかを立てて達成していく、と捉えるとむしろ良いことというか、推奨しているような方も多い気がしますが……。
石澤:でもその延長線上で、社長が「ベンツ買いたいから利益だしたいねん」って言い出しても、そんなことで従業員は頑張れないじゃないですか。あ、ベンツは例えで、本当に欲しいって言ったワケではないですよ。
個人の欲が会社のベースになってしまってるから、従業員も「社長がそうなら俺もそうでいいじゃん」という感じで、やっぱり給料上げてくださいとか、手柄とかに対して強欲な、あまり良くない感じになっていきますよね。
ぐん:言われてみると確かに。その気持ちがベースにあったから、Oさんの行動につながってしまったんでしょうか。
石澤:それはそうかもしれません。ただ、O君のせいにはいくらでもできるけど、本人が会社にいなくなってからそんなふうに考えたってあんまり意味がないんですよね。
そのあと僕も考えたんですけど、結局は自分が悪いんですよ。値決めがおかしいことに気づけなかった、経営者としての能力の至らなさ。すぐに数字がおかしいことに気づければ、ひとこと言えたんですよね。でもそれに気づけず、ずるずると事業が一年も経ってから「なんでこんな赤字出てるの……!?」という。
順番が逆やん
石澤:その一件があったあと、数字の見方とか経営計画の立て方とかを学んでいくうちに、ご縁があって盛和塾で勉強させてもらえることになりました。
石澤:そこで、錚々たる企業の経営者さんとお話しする機会を得て驚いたのがみなさん本当にすごい人格者だということでした。従業員のことを一番に考えておられて。
自分も従業員のことを考えていたつもりだけど、“つもり”程度だったなと思い知りました。そこで自分の中では一気にパラダイムシフトが起こりました。
ぐん:パラダイムシフト、というと具体的にはどんな変化が。
石澤:さっきの「ベンツ」みたいなご褒美は、従業員とお客さんが求めているものを満たした結果、最後に買わせてもらえるようなものだって気づいたんですよ。今までの自分とは「順番が逆やん」的な。その事件からの学びは、それが一番大きかったですね。
ぐん:敗北感だったものが、盛和塾でほかの経営者さんと話しているうちに、それがだんだん学びに変わっていったんですね。
石澤:同じような経験をされている社長さんもいっぱいいて、「わかるわかる!」ってめちゃくちゃ言ってもらえたりもしたんですよね。
ぐん:従業員が9割いなくなるのは、「社長あるある」なんですか(笑)。
石澤:さすがに、9割はあるあるではないと思いますけど(笑)。でも信頼していた右腕が、とか、社内で悪口を言いふらす社員というのは、みなさん経験あるみたいです。
ぐん:経営者って大変だ……!
“親父”のような気持ちで
ぐん:その一件から学んで、いま感じる一番大きい変化というのはどんなところでしょうか?
石澤:一番は、自分の気持ちの話ですね。
「順番が逆だ」って気づいた結果、従業員のことをまず考えるようになりました。それを意識的にやっているうちに、だんだん本気になってくるんですよ。
たとえば、あの社員が本当にハッピーになるためにはどうしたらいいいんだろうとか。「子どもが小さくて、保育園に行き、あと何年かで小学校に上がる。でもシングルマザーになったばっかりで、経済面ではちゃんと稼げるようにしなければいけない。子どもが小中高大学としっかりとした教育を受けられるには、いくらくらいあればいいんだろうか」とか。
そこまで考えると、もう中途半端な仕事をするヤツも、人の文句言うヤツも許せなくなってくるんですよね。こっちは本気ですから。
だから、自分も社長として一生懸命やるし、社員も同じような思いがなかったら、一緒に働くメンバーとしてはふさわしくないかな、と。
ぐん:それは、採用の段階で見極められるものなんですか?
石澤:採用のタイミングよりも、入社後の過ごし方のほうが大事です。日々の態度や姿勢に、その人の人間性が現れてきますから。
いまは、人数も戻ってきて、また20人くらいの従業員が働いてくれています。気持ち的には、以前、O君が働いていた頃は従業員と雇用主という関係は“他人”。お金で結びついた労使関係。いまは、“親父”ですよね。家長と家族のような気持ちになりましたし、必要以上に気も遣わないようになりました。
ぐん:もし過去に戻って、負ける前の自分にアドバイスするとしたら、どんなことを言いますか?
石澤:んー……「調子乗ったらあかんで」って言いますね。「自分だけで成功した気持ちになってたら失敗するぞ!」って。自分がダメだったから“負けた”だけで、ダメな部分がわかって直せるのは100%自分の成長じゃないですか。
ぐん:すごい前向きですね……!「Oくんが、このあとひどいことするぞ!」とは伝えたくならないですか(笑)。
石澤:いや、それは絶対言わないですね。むしろ、“負けれたこと”に感謝している部分もあるんですよ。
売り上げがもっともっと大きい額の時に、初めてそういうことが起こって、うん十億の借金で倒産しました、となったらもっと酷いことになるわけですから(笑)。
(インタビュー終)
〜その後の話〜
従業員が9割もいなくなってしまうという、大変な出来事を経験した石澤さんですが、その後は会社を復調させ、現在はまた従業員20名ほどを抱えるまでに回復しました。
従業員のことを考えた結果、子連れ出勤をOKにしたり、従業員同士のコミュニケーションが取れるように毎朝、「Good & New」(前日にあった良いことと新しいことを1分間で隣の席の人に話す)という取り組みも開始しました。
いまでは年に一度の決起会で、従業員たちから石澤さんに向けて「感謝状」が贈られるなど社員からの信頼が厚く、負けた時とはうってかわって会社の雰囲気も非常にいいそうです。
それを如実に表すかのように、石澤さんはインタビューが終わったあと、
「いまは信頼関係がある社員たちと、一つの目標に向かって一生懸命やれています。甲子園をめざしている高校球児みたいな気持ちです。そんな青春な感じがしています」
とおっしゃっていました。
”親父”らしい笑顔で。