いいロゴはヒアリングが9割。岸田奈美WEBメディア「キナリ」のロゴができるまで【前編】
2020年3月2日、作家 岸田奈美さんのWEBメディア「キナリ」がオープンしました。
この記事では、WEBメディア「キナリ」のロゴが生まれるまでの制作秘話を前後編に分けてお届けします。今回は、笑いあり涙ありのヒアリング編。
佐渡島さんとの出会いから、コルクに入るまで
前田:岸田さんは、12月からコルクに所属されているということで。だからこのサイトのロゴも、コルクのデザイナー、小林さんが作ることになっています。僕は彼女のデザインをコンサルするという立ち位置なんですね。ただ、小林さんが所用で来れなくなったので、今日は急遽僕がピンチヒッターとしてヒアリングします。
なんでそうなったかっていうと、僕のコミュニティで「モザイクパンツ」というヘンテコなパンツがあって、そのクラウドファンディングで、佐渡島さんが15万円の僕のコンサルリターンを買ってくれたんです。
岸田:すごい!
前田:そのリターンのコンサルってことになっています(笑)。ちなみにこれがモザイクパンツで……。プレゼントします!
岸田:いいんですか!しかもちゃんとレディースがあるんですね。これパッケージがすごいなぁ。うれしい。そしてそのコンサルを私に使って大丈夫なんですかね。
(コルクの長谷川さん):最優先です。
岸田:ありがとうございます!稼ぎます(笑)!
前田:今回は、岸田さんのWEBメディアのロゴのデザインをする前に、お話を聞きしたいなと思って。岸田さんって、いろんなところで文章を書かれてるから、もし僕からの質問の中で……、
岸田:え、詰問?
前田:あ、質問。
岸田:びっくりした!
前田:詰問は、やばいですね(笑)。「その質問の話は〜に書きました」ってことがあったら全然……、
岸田:あぁ、もう、そんなの全然。いくらでも喋ります。
前田:ありがとうございます。僕がデザインのヒアリングをする時って、雑談が多いんですよ。コンセプトとかデザイン的なことも、もちろん聞きますけどね。ただ雑談からもいいことがたくさん聞けるから。だから気軽に話す感じで。
岸田:よろしくお願いします。
前田:WEBメディアを作るっていう話は、佐渡島さんからあったんですか?
岸田:はい。あ、そもそも佐渡島さんの出会いからお話するとですね……。私が7月にnoteを書いたんですよ、急に。今まで自分のエッセイとかを一切書いたことが無かったんですけどね。というのも、会社で副業がオッケーになったからなんですけど。
前田:うんうん。
岸田:自分の名前で「何か書こうかな」と思い書いたのが、あるブラジャーを試着したら胸がめちゃくちゃでかくなった記事なんです。
前田:うんうん、あれね。
岸田:そうしたらなんと、その記事が100万PVくらいまでポーンと跳ね上がったんです。ちなみに佐渡島さんは、その時から私の記事を見てくださっていたようです。それで最初はそういう面白い系の記事を書いてたんですけどね、私には知的障害がある3歳年下の弟がいるんですよ。
前田:はい。
岸田:それから、うちの母は車椅子に乗っている。だから結構、超ダイバーシティでユニバーサルデザインな家族なんです、うちは。その母と弟の話を日記的に書いたら、それがまたブラジャーのPV数をパーンて超えるくらい読まれて。Twitterでも一気に拡散されました。そのタイミングで佐渡島さんから、「1度お茶しましょう」って声をかけていただきました。
前田:うんうん。
岸田:それで、佐渡島さんとの約束は1ヶ月先くらいの予定だったんです。でも結局2週間後くらいに、Twitterから連絡が来て、「岸田さんって、小説書けると思うから小説を書きませんか?」と。
前田:うーん!
岸田:「会わんのかーい!」みたいなね。それで、ある小説の1章を書きました。書いたその後、小説の取材に関して打ち合わせをする必要があったので、初めて佐渡島さんに会いました。しかもスカイプで!だからめちゃくちゃですよ佐渡島さん(笑)。
岸田:ただね、その小説には、赤入れが入らなかったんです。私、縦書きの小説なんて初めて書いたんですよ。なのに一切赤が入らなくて。佐渡島さんが「これで行こう」と。これって見ていないようで、でも実はすごい見てくださっている。
前田:うんうん。
岸田:今、私執筆のお仕事が増えているんですね。その原稿って、だいたい真っ赤に赤入れが入って返ってくるんです。そのこと自体にどうこう思ってはいないですよ。でも一方で、佐渡島さんって、全然赤を入れなくて。
前田:そうなんだ。
岸田:「いびつなところも含めて岸田さんの面白さだから」と言ってくれたんです。実際、手直しほぼなしで、そのまま書いたものの方が評判がいいし、アクセスも伸びる傾向があります。
編集する側からしたら、赤をたくさん入れてくるのが普通だと思うんです。私って「なんつってー」とかみたいな口語表現が多いから。
前田:うん(笑)。
岸田:日本語的におかしいことも多々あるはずなんです。それは放置というかそのままにされてるんですけど、要所要所ですごくいろんなアドバイスをくださるし、いびつなところも含めて信頼してくださってる感がすっごい嬉しくて。だから佐渡島さんと一緒にやらせていただけるならコルクさんにと決めました。そして今に至ります。
ユーモアのルーツはコントにあり。
前田:岸田さんって、なんて言われたらうれしいですか?「おもしろいですね」とか、「文章うまいですね」とか?
岸田:「おもしろい」の方ですね。
私、文章がうまいと全く思わないんですね。だって、伊坂幸太郎さんとかめっちゃ好きですごさを知っていますし。古賀史健さんとか、めちゃくちゃうまいですよね。そんな人に比べたらもう……全然うまくないです。たまたまハマっただけな気がする。
前田:そうなんだ。じゃあ、お笑いは好きですか?
岸田:好きです。特に、だいっっっ好きなのは、ラーメンズです。めっっっちゃ好きです。ラーメンズ、バナナマン、東京03……、
前田:そうなんだ。岸田さんって関西の方なのに、笑いの好みは関西の感じがしない。
岸田:関西の芸人さんも好きですし、笑いますよ。でもラーメンズとバナナマンは格好いんですよ。伏線があって、最後に急に「あのコントとあのコントつながってんのか!!」って、ぞっとするような展開がある。私、中二病なんで憧れちゃうんですよ。そういうクレバーな感じに。
前田:うんうん、コントですよね。僕が文章のことをどうこういえる立場じゃないんですけど、岸田さんのnoteって、コントを見ているような感じです。絵が浮かぶんですよ。タブレットの記事ありましたよね?トナカイでしたっけ。トナカイの絵を「忘れて!」みたいな言い方が、コントを見ているような感じがして。
岸田:ありがとうございます。佐渡島さんからは落語って言われました。
前田:あぁ、落語。そうそう状況が浮かんで面白いんですよね。岸田さんのnoteは。
岸田:私は、目の前で見えていることをおもしろおかしく、自分の心情を交えながら映画みたいに書くのは好きなんですけどね。小説のように物語があって自分でキャラクター動かしたりするのは、まだ全然です。
今、エッセイを書かせてもらっているし、小説も書くんですけど、一番はシナリオを勉強したいんですよ。
前田:そうなんだ!
岸田:人が目の前で動くのが好きで。小説は、情景描写をしている間に面倒くさくなっちゃうんですよね。
事実は小説より奇なり。
前田:じゃあ今後は、シナリオとか創作の方に進んで行きそうですね。
岸田:そうなんですよね。私の場合、家族構成と人生がコンテンツになっているからエッセイになるんですよね。お父さんが死んじゃって、お母さんが車いすで、弟は知的障害で、しかも幸せで。
前田:それで明るくって面白いからね。
岸田:ありがとうございます。そんな感じです。私はただ、エッセイを書くだけで、文章の面白さって人生の奇抜さからきてると思うんです。そういう意味では、「事実は小説より奇なり」だなと。
前田:なるほど。シナリオってのはいずれ本になるんですか?でも、聞いてるのは小説だったような。
岸田:シナリオは全く佐渡島さんに言ってなくて。
前田:えっ。
岸田:それで食べていこうと思ってないので。私ブログとかはやったことないんですけど、大学生の時にcomicoっていう漫画アプリでボーイズラブの小説を書いててたくさん読まれたんですけどね。それってなんでそんなに伸びたかと言うと、comicoはLINEみたいな吹き出し形式の小説なんですよ。
前田:あぁ。
岸田:だからそれってほぼ地の文がないんですよ。会話だけでやっていく感じなんです。
前田:コント好きとも繋がるね。
岸田:そう、会話だけで人を笑わせるのがすごく好きなんです。エッセイも基本会話でやってける。それが、かっこいい。
前田:なるほど。そういうことでしたか。
何度も読み返したくなるものを。
前田:じゃあ、映像作品で好きなものはありますか?
岸田:ドラえもんです。劇場版のドラえもんは、脚本的に書き起こせるくらい好きです。
前田:どれが一番好きですか?
岸田:えっと、全部好きなんですけど……、いろんな軸があります。ストーリーの完成度で言えば「日本誕生」と「夢幻三剣士」。「夢幻三剣士」は、最後に武田鉄也さんが「世界はグーチョキパーだから楽しくなる」「みんな違うからあいこでしょ」で終わるっていうのが、ドラえもんの世界観を全て表しているなぁと。
前田:「魔界大冒険」とか出てくると思ったんだけど、違うんですね。
岸田:意外と……私の世代からすれば前すぎるのかも。「海底鬼岩城」とかになってくると意外と絵が古い。
前田:そうかそうか。確かに。
岸田:今見ると味があって素敵なんですが、リアルタイムで見ていた絵と違うので、幼心に違和感があったのかもしれませんね。
前田:なるほど。僕的には、あのヒリヒリ感がドラえもんからしたら意外性があって好きなんですけどね。確かに怖いですよね。鉄人兵団もそう。
岸田:そうそう。怖いんですよ。容赦なく人を殺していく……。
前田:そっか。僕ら世代ではこの2つなんだけど、岸田さんの場合やっぱり優しい世界というか、シリアスな緊張感とは逆ですね。
岸田:そうです。本当はドラえもんみたいな作品を将来作れたらいいなと。子供も大人もめちゃくちゃ笑いながら、でも何かしらのメッセージ性があって何回も読みたくなる状況を作り出せることができたらかっこいい。憧れですね。
エッセイって基本は、見返す人っていないんですよ。でも私のエッセイはたまに「辛くなったら読んでます」とか、「覚えちゃいました」って言ってくれることがあって、めちゃくちゃうれしい。
前田:物語になってるからね。もう一度読みたくなるんでしょうね。その時の感情を再び味わいたいみたいな。
岸田:でも家族の話って、意外とここぞって時しか書きたくなくて。あんまり何回も書けるものじゃないし。ウケることに固執しすぎたモンスターになって、あることないこと書いて、いつか5chで「岸田虚偽検証スレ」みたいなのがつくようなことにならないように……(笑)。
前田:「読み返したくなる」デザインをする上でめちゃくちゃいいキーワード出ましたね。
佐渡島さんが岸田奈美を語る。
(ここから、佐渡島さんも加わります。)
前田:岸田さんからお話が聞けて、デザインのヒントがいっぱい出ました。佐渡島さんには、サイトの運用についてのお話を聞きたいなと。
佐渡島:その前にまず、岸田さんについてだけど…、僕は結構稀有なライターだなと思っていて。
岸田:これ、私は席外した方がいいですか?いても大丈夫ですか?
佐渡島:全然いいよ、知っといた方がいいよ。俺がどう思っているかとかさ。
岸田:こっわ(笑)。
佐渡島:遠慮なく人に物を言うんですよ。だけどその時に、前澤さんの記事がすごいいい例なんですけど、前澤さんのことも読者のことも誰ものことも傷つけずにしっかり言える。
やっぱり弟の事もお母さんのこともあって、「痛みを感じるポイントをよく知ってる」ってことに尽きると思って。
世の中に存在する商品やサービスって、何かいじってあげないと絶対に伝わらないんですよ。それに、気づいてもらえないんです。でも、いじるとそのいじり方が誰かを傷つけちゃったりだとか、サービスを作った人を傷つける場合もある。それを目立たせるためにいじったら、想像しなかった人を傷つける場合もあるし。
前田:よく炎上しちゃってるやつとかですよね?
佐渡島:そうそう。
岸田:ふぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。ティッシュください。もうあかんて……それはあかん……。
佐渡島:岸田さんだと、そういうことが起きづらいから。企業が岸田さんに頼みたいと思うんだよね。
前田:たしかにね。
佐渡島:ただそれだと、しっかりとしたサイトを作り込んでおく場所があった方がいい気がするんです。
例えば岸田さんの弟さんにどこか企業に研修へ行ってもらって、その様子を記事にしたりだとか。社会変革につながるような、活動もしたいと思ってて、活動自体をストックして連載しようと思えばnoteでストックしてくのと違うなって気がしていて。別にnoteに載せちゃってもいいんだけどけどね。
前田:過去の記事は見にくいかもしれないですね。
佐渡島:そうなんですよ。一年前とかの記事を見る設計になってないから。独自のサイトだと、企業から依頼された文章と岸田さんの家族とか障害に関する文章を両方ストックしていく場になる。そのためには、今から自前のサイトを持った方がいいと感じています。
前田:サイトを「キナリ」って名前にしたのは、ビジネス的にWEBメディアとした方が仕事が取りやすいんですか?
佐渡島:それもあるし、岸田さんはライターというより世界観を作り出す人だと思っていて。事実は小説よりも奇なりっていうところと、岸田奈美と……、あれ、なんで「キナリ」だっけ?
岸田:岸田の「き」、奈美の「な」、弟の良太「り」です。
佐渡島:合わせて「キナリ」だね。ダブルで意味があるっていうのがすごくいいよね。
そうそう、僕、これすごい偶然だなと思っていることがあって。僕と文藝春秋の人が、両方とも岸田さんの才能を「向田邦子になれる」と言ったんです。
岸田:言っていただきましたね。
佐渡島:僕だけじゃなくて、他の人も同時期に言ったのが面白いことだよね。向田邦子さんは、家族ドラマとかを書いて有名になった人で直木賞も取っています。変に凝っていなくて、すごくしっかりと人間味が伝わってくる文章なんだよね。
岸田さんが書いてくものって、フィクションとノンフィクションの狭間にあるような物語を伝えているから。だから「キナリ」という名前はすごいいいなと。だからこそ、「キナリ」の世界観を焦らずにしっかりと作っておきたいんです。
前田:世界観となると、ビジュアルにも関わってきますね。
佐渡島:写真はあった方がいいなとは思っていて。どんな感じって言えばいいんだろうな。おしゃれすぎないけどおしゃれ。
前田:おしゃれすぎないけどおしゃれで。現実的なおしゃれですね。
佐渡島:そう。毎日努力できるおしゃれなんですよね。
おしゃれすぎるとおもしろおかしい感じに合わなそうなんだけどなんか。
(コルク古川):noteとメディアの方で、記事の使い分けはどういう形でやっていきましょうか?
佐渡島:noteの方は、日記っぽいというか、ちょっとした気づきを書く。だから家族で旅行行ったこととかは、note。でも弟とかのまじめさを伴う弟の記事とか。会社に研修行ってもらって〜とか話をしていたよね?
岸田:ああ、そうそう。障害者雇用っていますごく積極的に進められてて、企業も採用広報を頑張り始めるところがでてきているのですが、まだ少なくて。それで弟が職業体験をさせてもらって、現地で働いてる人と障害のある人と一緒に働くのをレポートにするのはどうかなと。
佐渡島:そう。そういうのは別にnoteじゃなくてメディアの方に。10年後も読みたい記事になると思うんだよね。だから、もしかしたらこっちのメディアの方は、岸田さんがいいと思った人の文章も載せたりとかってことが起こるかもしれないと思っていて。
「岸田奈美」だと出来ないけど「キナリ」だったら、それができる。セレクトショップになってたら、いいなと。もしかしたらモノを売るサイトにすることもできるかもしれないですね。
前田:いいですね。岸田さんのセレクトショップですね。
佐渡島:そうそう。
前田:なるほど。じゃあこのあとは(コルクの)小林さんにロゴを何案か作ってもらいましょうかね。サイトのイメージあった方が、ロゴ画像を当て込んでデザインしやすいと思うんですけど。確かありましたよね?
(コルク古川さん):はい、まだ構成を練っている途中ですがあります。文言もこれから調整します。シンプルにメディアの機能を持ったサイトにしようと考えています。
佐渡島:あ、それからメインは家族の写真ドーンではなくて、二番目のイメージにしたいと思っています。
岸田さんがどれだけ文章とか振る舞いがうまかったとしても、心無い批判って、大きくなればなるほど出てくる。
だから家族のことは二番目で、事実は小説より奇なりがメイン。面白いものがこのサイトに来ると読めて、その語り手として岸田奈美がいるっていうことが一番伝わるようにしておいた方がいい。岸田家の話というより、「キナリ」の話。
前田:なるほど。だからサイトのネーミングがコンセプトそのものなんですよね。
佐渡島:そう。すごいいい名前だよね。岸田さんが考えたんだよ。
岸田:好評なようでよかった。
前田:ロゴ制作をする上ですごく大事なことが聞けました。今日はありがとうございます。
このヒアリングを元に、コルクのデザイナー小林さんがロゴを作り、前田さんからのコンサルが入ります。次回後編をお楽しみに。
(前田さんと、コルクの小林さん)
岸田奈美さんのWEBサイト「キナリ」はこちらから。
岸田奈美さんの取材も掲載されている、前田デザイン室の雑誌『マエボン2』の予約販売はこちらから。
バナー:前田高志
撮影:毛利田真依
書き起こし:山下桃音、前田真里、小河泰威、𠮷田哲也
構成・編集:浜田綾